甘いもの恐怖症9



急いで追いかけた志保だが、お店のドアの前で藤川が待っていた。
何かを言おうとしたが、藤川が先に発した。

「ごめん、駐車場まで3分ぐらい歩くんだけど、いい?」
「あ、はい。」


は!しまった。
なに、ついていこうとしてんだ!

もともと、発言のタイミングを図るのが下手な志保は
藤川の行動に逆らえずにいた。

街灯に反射してビルのガラスに二人が映る画が目に焼き付く。
華やかな男に手を曳かれる地味な女がいた。

こんな風に見えるんだ。
すごく、おかしい。
世の中にこんなことってあるんだろうか。

心は冷たく沈むが、強く握られた手はとても熱い。



コインパーキングに到着し、藤川はワイヤレスキーでロックを解除し、
助手席のドアを開け、志保を中へ促す。

躊躇するも「乗って」と言われ、乗ってしまった。
ドアは閉められ、藤川も乗り込んで車を発進させた。

なんだか空気が重い。
ちらりと顔を見るが、・・・表情が読み取れない。


「あの、どこに向かっているんですか?」
恐る恐る、訊いてみる。
「ん?あぁ、僕の家だよ。」
「え!あの、・・・。」
断りたい、だがうまく言葉が出ない。
間髪入れず藤川が言う。
「ちゃんと話しがしたいんだ。往生際が悪いと言われてもいい。
でも、始めれてもないのに、もう会えないって言われても、
はいそうですかなんて言えない。・・・とにかく着いてから話そう。」

藤川の言葉は静かだったがとても重く圧し掛かるようだった。
初めて怒っているのだとわかった。
今までの違和感が藤川の怒りのためだと知った。

志保は今日の自分の態度の悪さを反省した。
でも、どう伝えたら良いのかがわからなかった。



藤川の部屋に着き、ソファーに座るように言われ、従う。
エアコンから緩やかに暖かい風が流れてきた。
藤川は、飲み物を持ってくるからとキッチンに行ってしまった。

志保はコートを脱ぎ、ソファーに腰を沈める。
どう過ごしたらいいのかわからない。

藤川が湯気の立つ温かそうなマグカップを2つ持ってきた。
「紅茶でよかった?」
ローテーブルに置かれたマグカップの中は綺麗な赤茶色の紅茶が優しく香り、
湯気を立てていた。

「ありがとうございます。」
マグカップを持ち、熱々の紅茶に息を吹きかけ冷ます。
猫舌のため湯気の登り立つ飲み物を飲むには時間がかかった。
カップから立ち昇る湯気は黒縁メガネを曇らせた。
視界を遮られたため、メガネをずらし、紅茶を冷ますことにした。
カップの縁に下唇を付けたりして温度を確認してみたり。

熱々の紅茶に奮闘していると藤川が声をかけた。

「志保ちゃんはほんとに罪な女の子だね。」

・・・・。

言われた言葉の意味が分からない。
明らかに“?”が見受けられたのだろう。藤川が続けた。

「それは計算のうちなの?だとしたら大正解。そうじゃないなら大罪だよ。」

志保の“?”は消えない。
しばし見合う。

志保は首を傾げながら説明を乞う。
しかし藤川は志保を見つめたまま、それ以上は発しない。

志保は意味が分からず、なんだか叱られている子どもの気分だ。
シュンとなる。

「ごめん、いじめるつもりは無いんだ。でも、僕ばかりでちょっと悔しくて。」
“?”は増えるばかりだ。

藤川の目も志保から外れない。
この視線がかなりの圧迫感を与えている。

「僕と付き合ってみない?ちゃんと。」

・・・これって・・・。

「僕の彼女になって?」

血液が頭部に集まる。熱い。

「僕がアレッフに関わることで、志保ちゃんにつらい思いはさせない。約束するよ。
もう会ってくれないなんて、言ったのは、そのことでしょ?」

志保はゆっくり頷く。

それを見て、藤川の顔も和らぎ、。

「じゃあ、・・・そうだな、アレッフには僕たちの関係は内緒にしようか。
だから僕がアレッフに行って志保ちゃんとあっても、“あ〜以前パーティでお会いしましたよね。 どうぞよろしくお願いします”ってなるの。どう?」

藤川のコミカルな調子に乗せられ志保も緊張を忘れ、笑ってしまう。
志保はコクコクと首を縦に振る。

「だから、・・・僕たち付き合おう。・・・ね。」

一緒にいたいと、ずっと思っていた。だから、つらかった。

「・・・。はい。」







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