甘いもの恐怖症1


10月も末、今年の冬はいつもより早いようだ。
平日の20時3分前、園田志保は勝どき駅の出口に立っている。

18時定時に仕事を終え、会社から少し離れたデパートのトイレで着替え、化粧をして
荷物をコインロッカーに預けて待ち合わせ場所の勝どき駅に急いだ。

胸元にフリルがふんだんにあしらわれたパステルグリーンのブラウス、
膝丈のキャメルのフレアスカートにナチュラルストッキング、
サーモンピンクのリボンのついたベージュのヒールの高いパンプス。
どれも先ほど着替えたもの。
その上に黒のステンカラーのコートを羽織っている。


20時ちょうどに、志保の前に1台のセダンが止まる。
ウインドウが下がり、男性が志保に声をかけた。
「志保ちゃん、こんばんは。待たせちゃったね。どうぞ乗って」
そういうと、男性は助手席のドアを開けて志保を車内に招いた。
返事をして、志保は助手席に乗り、シートベルトを締めた。
男性は志保が落ち着くのを確認し、車を出す。

男性の名前は藤川秀一。
志保と藤川は志保の勤め先の取引先が主催するパーティーで知り合った。
8月のお盆休みが終わったころだった。
ホテルの宴会場の堅苦しい雰囲気に疲れ、別室に設けられた喫煙所に逃げていた時だった。

「ホテルのパーティーって疲れますよね。」
「そうですね。逃げる場所はたばこぐらいです。」

そんな会話で始まった。


その後、食べ歩きが趣味だという藤川の話しが面白く、
いつの間にかその週の土曜日におすすめのお店に誘われ、
なんやかんやとほぼ毎週、晩御飯をともにしている。

藤川に連れて行かれる店はどこも庶民的で安らげる雰囲気のお店だった。
しかしどれも料理の味は絶品だった。

お店の雰囲気からすると志保はわざわざ仕事帰りに着替える必要なんてなさそうだが
藤川はそうではないのだ。
きっと志保の仕事帰りのままの普段の姿でもいやな顔は見せないだろう。
しかし、仕立ての良さが窺えるスーツにシャツ、靴、ネクタイ。
気品に色気をまとわせた顔。
この男の隣にたつことが、武装していてもつらいほどなのだ。

志保の普段の通勤スタイルは、ノーメイクに黒縁メガネ、
白シャツに黒や紺のカーディガン、
黒パンツに黒のプレーンパンプス。

そのような格好で藤川の横にたつ勇気が志保には無かった。

藤川との食事はいつも楽しく、少しぐらいの無理も、
志保にはつらく感じられなかった。
せめてできる限りの武装をしたかった。

初めて会ったパーティーで、藤川がクライアント先のお抱え弁護士であることは知っている。
今までの食事中でもいろいろ話しの中で、ほかにも何社も受け持っていると聞いた。

中小企業の一般事務である志保。一流企業のお抱え弁護士である藤川。
住む世界が違う。


今日の店は月島のもんじゃ焼きだった。
中に入っているソースが他とは違い、
もんじゃ焼きといえど絶品だった。

焼けたもんじゃ焼きをこてで頬張りながら志保が口を開く。
「とってもおいしい!藤川さん、もんじゃ焼き屋さんまでよくご存知ですね。」
「僕、実はもんじゃ焼きって大好きなんだよね。よく夜中にひとりで食べに行ったりするんだよ。」
「え!おひとりで?」
「あはは、なかなか周りにもんじゃ焼き好きな人がいなくてね。
この前志保ちゃんがもんじゃ焼き好きだって聞いてうれしかったんだよ。」

確かに志保の周りにも、もんじゃ焼きが好きという者はいない。
「確かに、私の周りもあまりいなくて、自分から言わないとなかなかもんじゃ焼き屋さんはセレクトできないですね。」
「そうそう、だから結局、僕は寂しくひとりで来るんだ。」
「今日は志保ちゃんと来れてうれしいよ。」
「私も嬉しいです!」
「ありがとう」
そういって藤川は素敵すぎる笑顔を見せた。

あぁ、この笑顔、反則だよ。好きになっちゃうじゃない。
好きになっちゃダメな人だとわかってるでしょ。
藤川さんの周りに庶民的なお店に誘える女の子がいないだけ。
だから私みたいな不釣り合いなのが重宝できてるだけ。
割り切れ、割り切れ志保。
志保は自分に暗示をかけるように心の中でつぶやいた。














次へ TOPへ HOMEへ


ランキングに参加しています。