甘いもの恐怖症12


チーム内の士気も上がり、これからの打合せを行っていた。

「あ、志保、どれでもいいからデスク1つ使えるようにしといて。
明日から藤川さんがこっちに来るから。」
クッキーをサクサク頬張りながら久住が言う。

「へ?・・・あ、はい。」

C1の部屋のデスクは半分以上が空いている。
大口の仕事が入った場合、外部スタッフが入るためだったり、
一時的に機材が入ったりするため、8人だけで回してるときには
かなりスカスカだ。

「じゃあ、私の机を空けましょうか?私の席の方が、
久住さんも藤川さんと進めやすいのでは?」
志保のデスクは久住の隣にあり、何かとコミュニケーションがとりやすい。
「ん?なんだ?これを理由に俺から逃げようってか?いい度胸だな。」
「いやいや、そんなこと言ってないじゃないですか!」
みんなから笑いが起こる。
「私はキャビネも近いし加藤さんの隣に移動したいです。」
ここぞとばかりに席替えを申し出るも却下。

「まぁ、園田さんはその場所から動いちゃダメだな。
じゃないと久住が機嫌悪いときや、やる気が落ちてるとき、仕事が進まなくなる。」
「俺はいつも平常心ですよ!」
「ないない、平常心の時の方が少ないよ。」
「そうですよ。」
「まず、腹が減るだけでイラついてますしね〜。」
「ははは、お前、成長してないな〜。しかし美味いなこれ。」
「うるせーよ!なんでお前まで俺のクッキー食ってんだよ。」
「いや、これ園田さんのクッキーだし。」
「俺が作らせてんだから俺のだ!」
「意味分かんねーよ。」
最上の発言に一同爆笑し、野次が飛び、久住が喚いていた。
しかしC1の男たちは例外なく甘いものをよく食べる。


そんな騒がしい中、志保の頭は藤川の席をどこにするかでいっぱいだった。
それによっては久住よりも自分の平常心の方が心配である。


使っていないデスクで、志保の視界に入らない席を選んだ。
資料置き場になっているので整理する。
引き出しも確認して、布巾できれいに拭いた。
電源や電話、LANも引いた。
PCは明日の朝に庶務が移動し設置してくれるらしい。

明日からこの席に藤川が来る。

同じ部屋で、やっていけるだろうか。


席に戻り、事務処理を進めるも、いろいろ巡って
頭が痛くなりそうなところに、久住からメールが届いた。

“今日、飯食いに行かないか”

ふと久住を見るが、画面を見ていて、こちらに振り向く気配はない。
返信する。
“了解いたしました。 園田”

すぐにまたメールが入る。

“車だから、駐車場で待ってて。”
“かしこまりました。 園田”

時計を見ると18時。定時だった。

身支度をして、退勤しようとしたとき、久住に呼び止められた。

「これ、よろしく。」
そういって、封筒を手渡された。
疑問に思ったが、封筒を手に取ると、すぐに中身が何かわかる。

「はい、かしこまりました。お先に失礼します。」
「おう。」

志保はメンバーに声を掛け、久住の車に向かった。

アレッフは電車通勤が主だが、久住は自分で月極駐車場を契約して、
週に何度かは車で通勤している。
方向が同じなこともあり、退勤時間が合えば送ってもらったりする。

先ほど久住から渡された封筒から、鍵を取り出し、ロックを解除し助手席に乗り込んだ。
立体駐車場といえど、車内は外気と変わらず寒かった。

久住は15分ほどで来た。

「お〜、寒!お前なぁ、エンジン掛けとけよ〜。」
「え、あ〜すいません。」
「俺が来たとき寒いだろうが。」
「も〜そのために、先に行かせたんですね!」
「当たり前だろ。」
「ひど!」

エンジンが掛かり、発進した。

「何食いに行く?」
「え、なんか食べたいものがあったんじゃないんですか?」
「いいや、別に。」


駐車場を出てすぐに信号で停車した。
何が食べたいか考えているところに、久住が志保の手を掴んできた。
たまに久住はこういう行動をとる。
「ちょっ、いきなり、何しだすんですか!」
「はぁ〜、冷えてんじゃねーよ。」
そう言って久住は後部座席からブランケットを引っ張り出した。
何年か前に休日に出かけた際に久住に買ってもらったものだった。

「あ、忘れてました。」
「こういう時期のために置いてんだろ、忘れてんじゃねーよ。」
「ほんとですね〜。あ〜ふわふわでいい感じ〜。」
「で、なんか食いたいもんはないのか?」
ブランケットを膝に掛けながら「う〜ん。なんでしょうね〜。」と言ってみるも
思いつかない。
「じゃあ、フラココ行くか〜。」
「そうですね。」

フラココは久住の住んでいるマンション近くにある定食屋だ。
志保のアパートからも行ける距離にあり、2人とも常連だ。
古民家を改造したような造りで、広さはそこそこあるのだが、
一組が広く使えるようになっており、席数は少ない。
そして、回転数なんて考えて無いような接客で、何時間いても追い出されない。
昔の田舎の一軒家の居間のような店だ。
夜の料理は主人が1人で手を揮うのだが、和洋折衷何でもある。
メニューになくても、季節感のあるものをその日その日で出してくれる。
昼間は若い息子がカフェ飯を出していて、それも美味い。

18時過ぎの東京の道は混んでいた。
信号に捉まりながら渋滞にはまりながら進んでいく。

「社内中、藤川さんでもちきりだな。」
久住がボソッとつぶやいた。
「え?」
急な発言に疑問符が出る。
「いや、今日、午後の打合せの後、データに行ったんだけど
みんな、藤川さんが気になって仕方ないんだと思うんだけど
すごい視線なんだよ。まあ、あの容姿だし、もともと人の目を
集めやすいだろうから本人は慣れてるんだと思うけど、
あぁゆうの、やりにくいだろうなと思って。
藤川さんがやってることは、本人の意思でもクライアントのアボルバでもない
アレッフがやらせてることだ。なのに今の社内の藤川さんを見る目はおかしいだろ。
仕方ないけど、でも矛盾してる。」

志保は頷きながら、聞いていたが、ふと気づいた。

「だから、藤川さんのデスクをC1で引き受けたんですか?」

問いかけに久住が無言で頷いた。
志保は久住らしいと思った。

「さすが久住さんですね。」
「な、なんだよ、茶化すなよ。」
「茶化してないですよ〜。も〜。かっこいいって言ってるんです!」
「俺はもともとかっこいいんだよ!」
照れ隠しのドヤ顔に笑ってしまう。
「も〜、そんなこと言うから台無しです。」
「なに〜!志保のくせに生意気だぞ!この!この!」
何度目かわからない赤信号をいいことに、久住がつんつん突いてくる。
「あー!運転中に危ないでしょう!」
キャッキャと騒ぎながら車は第一京浜を進んでいった。

志保は何の伝手もない、自分を採用し、育ててくれる久住にとても感謝している。
久住は頑張る人への協力を惜しまない。

きっと自分が頑張ってきて、多くの人に叩かれながらも、
少数でも久住を応援してくれた人がいて、本人もそれを理解し、感謝しているからだ。

周りは強力なコネを持っている中、何もない志保は、何かあれば悪戯に攻撃される。
歪んだ思想で優越感を得るために攻撃してくるものもいる。

そんな中でやっていけるのも、久住というバリアがあるから。
C1の園田は社内では『久住付の園田』と認識されている。
志保と接する際には裏に久住を見るのだ。

イメージが定着するまでは、やはり異例の採用である志保は心無い者に叩かれた。
その時も久住が手を回し素早く鎮めてくれた。
それ以来、『久住付の園田』なのだ。

中には久住と園田の関係を男女のものと思っている者も多い。
久住と志保の間にそのような関係はない。

しかし、強い絆が築かれている。

アレッフの中ではその関係は異例で異様に映る。
そのため、様々な噂が舞うがそんなものは構わないことが一番だ。
噂が立ち始めたときに志保が総務の長倉に受けた助言だ。

それを久住に話した時「さすが、長倉さん。」と納得していた。

「今回の査定、なんでこんなに物々しくなってるんですか?」
きっと緊急に各署の長が集められた会議の内容だっただろうことを久住に尋ねてみる。

「ん〜、結局、俺らにも深いとこまで知らされたわけじゃないけど、 まあ、およその想像は付くかな〜。
元々、俺がデータにいた時から正さなきゃいけない古いものがあったんだよ。
きっと俺だけじゃなくて、今まで何人も気が付いた人がいたと思うんだけど
根が深くて掘り方を間違えると自滅してしまうかもしれない。
昔はよかったことも、時代が変わって逆にいけないことになっているのに、
縛りがあって、そのままにされてしまっているのか、又は、誰かがそうしているのか。
そこまでは俺にも分かんないけどな。・・・でも、それに辻本さんと、何人かの役員と、
一部の重役が手を付けたみたいなんだ。藤川さんはその件でお声が掛かったってことだ。」

なんだか怖い話のようだ。
「すいません、聞いておきながら、よく理解できませんでした。」
「いいんだよ、こんな話。俺だって関わるつもりはない。
とりあえず動きにくいだろうから場所だけ貸すだけだ。」
「はい。」
久住さんが関わらないなら、私も大丈夫だな。

理解することはできなかったが、話してくれたことに安心した。


「それよりフラココに電話しとけ。」
そう言って久住は胸ポケットから携帯電話を出し、志保に渡した。
「あ、そうですね。」

席数の少ない店だから連絡を入れておいた方がいい。
志保はフラココに電話を掛け、20分ほどで到着することを伝えた。


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