甘いもの恐怖症4


その後、衝撃が大きすぎて言葉も発せず、身体もガチガチになった志保に
紙袋に入ったマロングラッセを持たせ、
藤川は車で送ってくれた。
いつもは食事を<した最寄駅で下してもらうのだが、
自宅まで送るという藤川を説得する力はその時の志保には無く、
素直に自宅アパートの近くまで送ってもらった。

道中、車内でやはり言葉を発せない志保に藤川が優しく語りかける。
「僕は、志保ちゃんが好きだよ。一緒に食事をする仲になれたのも、とてもうれしいけど・・・。
できれば、前に進みたいと思ってる。」
「今日は強引なことをしてしまって、ごめん。でも、少しずつでいい。志保ちゃんも考えてほしい。」
志保は小さく
「はい。」
とだけ言った。

志保は自宅アパートに着き、
小さなちゃぶ台にマロングラッセの入った紙袋を置く。
その紙袋を見ながらペタンと床に座り込んだ。

ふと、急にぶわっと思い出してしまう。

うわ!うわ!しちゃったよ。チュウ。チューしちゃったー!!!!!

興奮状態が収まらず、ひとりワタワタする。

「あー!!!もう、どうしたらいいかわからん!!」
ワシャワシャとショートヘアをかき乱す。
「とりあえず風呂!風呂だ!」
虚しい大きな独り言を言いながら、志保は湯を張りにバスルームに向かった。


湯船に栓して温度を整えた湯を勢いよく注ぎ始める。
「こんな時は泡風呂。うん。」
洗剤やせっけんの買い置きが詰め込んである小さなワゴンから
シャワージェルを引っ張り出し、湯船に注ぐ。
すぐに消える水の泡が渦巻いていた湯船にシャボンが湧き立つ。
シャワージェルの香りはラベンダーだ。
志保はしばらくの間、無心に次々と湧いてくる泡を見ていた。


泡が湯船から盛り上がったところでお湯を止め、
ふと曇った鏡をなでる。
あぁ、今日は化粧してたんだった。
いったん浴室を出て、服を脱ぎ、洗濯かごに突っ込み、浴室に戻る。

普段は使わないクレンジングオイルのポンプをプッシュし、顔に塗る。
ヌルヌルとした感触がファンデーションと馴染み、次第に毛穴まで到達する。
お湯を出して、少しのお湯でクレンジングオイルを乳化させ、
感触が軽くなったところで洗い流す。
「ぷはぁ」
すっぴんに戻り、顔の皮膚が空気を感じる。
せっけんを泡立て軽く顔を滑らせたあと、洗い流す。

もう一度、鏡を覗く。
美人でもない。かわいくもない。
小さな一重の目。小さな低い鼻。薄いくちびる。
くちびるを指でそっとなぞってみる。
こんな貧素なくちびるにあんな熱いキスをしてくれた藤川に申し訳なくなった。

惨めな気分を拭い去るかのように、頭からシャワーを浴びる。
シャンプーを取って、いつもより強く長く頭を洗い、
コンディショナーを大まかに付け、洗い流す。
ナイロンタオルにせっけんをこすり付け、揉み込んでたっぷりの泡を作る。
泡を全身に行き渡らせ洗っていく。
少しでも新しい自分になれる気がした。
せっけんを洗い流すと気分はさっぱりしたが、
新しい自分は見当たらなかった。


湯船に右足から泡に踏み入れる。
サワサワと音を立てて泡が弾けていく。
身体を沈めると泡が頬まで昇り、
ラベンダーが一層香る。


湯船の泡が落ち着いた頃、
志保の気も落ち着きだし、先ほどの藤川とのことも
なんだか他人ごとの様に考えられてきた。


今日はびっくりしたなぁ。
しかし、なんで私なんだろう。
パーティーのときだって、周りにアボルバ製薬のきれいどころを侍らせてたじゃない。
あ!でも、私だけって決まってないのか。
ステーキだけじゃ飽きるから、たまにはイワシでも食っとくか・・・みたいな?
あぁ、自分で考えといてなんだけど、しっくりしすぎて凹むなぁ。
でも、あんな絵にかいたような男の人に相手にされるなんて、
私の人生の中でそうないだろうし、ありがたく受け取っとけ!私。


なんだか何も解決しないまま、マルッとまとめてしまうと
結局いつもの志保に戻っていった。









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