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甘いもの恐怖症5
どっきりキスから1週間が経とうとしていた木曜日、
藤川からメールが入った。
文面は、いつもの様に食事の誘いだった。
・・・ふつうだ。あれは何かの間違いだったんだ。
これは、忘れてくれのサインだったり?
園田志保!伊達に三十路は超えてませぬ!
ここはひとつ、流してまいりませうぞ!
なんちって。
志保は、いつもどおり誘いに乗った。
約束は土曜日。
今日は野菜料理が自慢のお店。
定番のものから、見たこともないものまで、いろんな野菜が彩豊かに出された。
どれも美味しく、さっぱりしている分、いつもよりも、たくさんの量を食べることができる。
最後の氷菓まできれいにいただいて、ただいま帰路。
駐車場から少し出たところで藤川が志保に問う。
「志保ちゃん、明日はお休みって言ってたよね。」
「?はい。」
「少し、ドライブに付き合ってもらってもいい?」
「はい。」
笑顔で交わすと、車は恵比寿から井の頭通りを進んでいった。
志保は先週のキスの後の“考えて”の回答を聞かれるのではないかと
内心ドキドキしていた。
「志保ちゃんの会社で、アボルバの顧客データを一部扱ってるだろ?」
え?仕事のお話ですか?私、一介の事務員ですが・・・。
スパイみたいなことされたらどうしよう。
気を付けて話さないと・・・うぅっ。
ていうか、あれ?やっぱりチュウの件は忘れて~ってことか!
「はっはい。そうですね。」
「それでね、今週、アボルバに行ったときに、アレッフの辻本専務から相談を受たんだよ。」
あ、うちの専務ですか。へぇ。
「そうなんですか。」
「最近はデータの取扱いに敏感だからね。」
「はぁ。そうなんですね。」
「うん、それで来月から非常勤だけどアレッフにお世話になることになったんだ。」
「へ?!」
志保は驚きのあまり、自分でもびっくりするほどの大きな声を上げた。
「ははは、びっくりした?」
「はい、・・・え?本当ですか?もしかして、からかってます?」
「いやいや、からかってないよ。ほんと、ほんと。」
志保はなんて言っていいのか言葉が出ない。
・・・喜んだほうがいいんだよね。しまった、タイミングを逸した~。
「だから、12月からは平日も志保ちゃんに会える。」
信号が赤信号になったところで、チュッと不意打ちキスをされた。
志保はかぁっと顔面に血液が集まるのを感じた。
忘れて~じゃなかったのか!!!!
志保はやはり、わたわたしてしまう。
藤川は前に向きかえり、青信号に変わると車を発進した。
藤川が運転しながら、少し照れたように、つぶやくように言う。
「楽しみなんだ。とっても。」
その横顔を志保は静かに見ていた。
私も楽しみだ。
だけど、仕事にかかわるなら、なんだか怖い。
少し遠回りをして、車は志保の自宅アパートに到着した。
志保はお礼を言い、小さく手を振って見送った。
・・・はぁ。好きになっちゃうよ。
私、免疫ないもん。
あぁ~あ。遊ばれてんのかなぁ。私。
あ。利用されてる?今度、会社とかかわるって言ってたもんね。
飴をあげるから、上手く働けってことかなぁ。
怖い。怖いよ。
大人な関係なんて、私無理ですよ。藤川さん。
痛い胸を抱え、志保は部屋に帰った。
志保は株式会社アレッフの一般事務員。
株式会社アレッフはクライアント企業から、さまざまなデータを預かり、
世界各地に持つデータセンターのサーバで管理することを主要事業にしている。
志保のいる部署は、オプションサービスの1つである、データ利用を行っている。
預かっているデータを、クライアントが望む使用しやすい形に加工するサービスだ。
アレッフの社員は殆どが男性社員であり、女性社員はほぼ全員、
男性社員の補佐的な仕事についている。
志保も例外ではなく、1チーム7名の男性社員の補佐に就いている。
志保がいるチームのクライアントにアボルバ製薬がある。
アボルバ製薬株式会社は製薬業界大手。
チームにとっても、会社にとっても大口だ。
そのアボルバ製薬のつながりで、アレッフとかかわることになったという藤川。
アボルバの息のかかった弁護士。
その弁護士とプライベートのつながりを持っているアレッフの一般事務員、志保。
藤川とかかわることで、会社に迷惑がかかったら・・・と考えると、恐ろしい。
情報は何がどう転ぶかわからない。
補佐である志保がわからず扱っているデータが、もし、外に出てしまった場合、
その一介の事務員の失態が、会社の大きな損失になるかも知れないのだ。
時折みるデータ流出事故のニュース。
チーム内でも話題に上がったりするし、随時扱いに見直しがかかったりする。
補佐だからこそ、チーム内の7名全員が毎日必死に仕事をしていることを知っている。
自分が不安要素になるわけにはいかない。
若いころなら、プライベートの付き合いにそこまで深刻に考えたりしなかっただろう。
しかし、30歳にもなると、もうすぐ入社10年。
そこそこの責任感も生まれ、そこにはリスクヘッジも働く。
天秤にかけなくていいものもかけてしまう。
なんで、あの時、誘いに乗っちゃったんだろう。
志保は藤川と会ったパーティーの夜の自分を呪った。
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