甘いもの恐怖症6


週が明け、出社する。

株式会社アレッフは東銀座から歩いて数分のビルにある。
一般社員のデスクがあるフロアはパーテーションで区切り、
各部署、各チームの部屋が区切られている。
志保の所属するチームは社内でC1と呼ばれている。
C1の部屋は入口からは遠く、給湯室と喫煙室に隣接している。

C1メンバーは朝が遅い。
勤怠はチームリーダーに一任されている。
業務が詰まってなければ会議など在席必須事項は11時以降に行われ、
それまでにぽろぽろ出勤してくる。
逆に忙しいときは何日も帰宅しないメンバーが出てくる。

しかし、会社の始業は9時なので、誰かはいなくてはならない。
なので特別な調整がない限り、志保は9時に出勤する。

荷物を置き、給湯室で自分の飲み物を用意し、
自分で用意した布巾を持って自席に戻る。

布巾で簡単にメンバーの机や電話の受話器などを拭き、
給湯室で片づけ、喫煙室で一服し、自席に戻る。

今日の予定をチェックし、通常業務の開始。
10時30分くらいまでは自分のペースで進められる。
はずだったのだが、10時少し前にチームリーダーの久住が深いため息とともに現れた。

「おはようございます。」
「おはよう。あー、むなくそ悪い!志保!茶!」
「はい。」

久住はC1のリーダーでチームの中では唯一、志保を名前で呼ぶ。
配属以来ずっとそう呼ばれてきた。

志保は給湯室に向かった。
給湯室といえどそこそこ広い部屋で、
ガスや水道、冷蔵庫、ポットや製氷機などは共通なものの、
茶器や茶葉は部署やチームごと、個別に棚で管理している。

急須にポットのお湯を入れ、そのお湯を久住のカップに移す。
空になった急須に茶葉を入れ、カップのお湯を急須に注ぐ。
しばし待つ。
カップに茶を注ぐ。急須を洗い、カップを持って部屋に戻る。
チームのメンバーは各自で好き勝手に飲み物を用意するが、
久住の分は志保が用意する。
暑い時季は冷たい麦茶。それ以外は温めの緑茶。例外はほぼない。
カップをデスクに置きながら一応聞いてみる。

「どうされたんですか?」
ムスッとしたまま久住が答える。
「金曜に総務から連絡があって、今日、朝から会議だったんだけど
なんかコンサル?弁護士?よくわかんないんだけどアボルバの犬が
来月から徘徊するんだと。そんなの客が社内をうろちょろすんのと変わんねーだろ。」

うっ、藤川さんのことだ!アボルバの犬ですか・・・。
志保はできるだけ自然に振舞う。
「へぇ、まぁ、そうですね。」
「しかもいろいろ聴取されるそうだ。従えっていう通達会だったんだよ。」
久住は仕事のやり方に口を出されることを強く嫌う。
仕上がり前に仕事を評価されることも、とても嫌がるのだ。

「なんだか、大変そうですね。」
「志保!アボルバのワン公が来ても茶なんか出すなよ!」
「え!でも、お客様ですよね。」
「いい顔なんかしてみろ?手作りおやつ1週間の刑にするぞ!」

うっ!“手作りおやつの刑”!
「ゎわかりましたっ。」
“手作りおやつの刑”これは厄介だ。
今までも食らったことのある刑だ。
久住は志保が仕事で大きな失態を犯した時、この“手作りおやつの刑”を言いつける。
これは決められた日数、久住に手作りのおやつを用意しなければいけないというもの。
しかも、口に合わなければ、その日は日数を消化できないし、同じものを2度出すことはできない。
以前、1か月の刑のときには、かなり苦労した。

でも、C1はオプションのチームだし、きっとデータ事業側に行くんだろうな。
藤川さん、C1に関わんなきゃいいな。


その後、久住の今日の予定の確認などをしていたら
他のメンバーも続々と出勤し、久住はまたワン公ワン公と
騒いでいた。









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