甘いもの恐怖症7


定時の18時。

C1は、チーム全員が打ち合わせに出ており、部屋には志保が独り。
付箋に退社時間とお疲れ様ですの一言を書き、久住のデスクに貼り付け、
鍵をかけ、部屋を後にした。

う〜ん、どうしよう。
藤川さんに連絡取ろうかなぁ。
いやいや、連絡して何を言うんだ!
ワン公って言われてますよって?
ダメダメ!
ダメダメより、無理無理。
そんなこと言えないよ!
はぁ〜。藤川さんと毎週のように食事に行ってます。なんてばれたら・・・。
手作りおやつの刑じゃ済まないだろうなぁ。
・・・。
ダメだよね。うん。
やっぱり、私にこんなこと、あるわけなかったんだよ。

言わなきゃ。


志保は駅に向かう足を止め、携帯電話を取り出し、
藤川へのメールを打った。
“こんばんは。お疲れ様です。園田です。
今週、お会いできませんか?”

唾をゴクンとのみ、送信ボタンを押した。
志保から誘うのは初めてだった。

携帯電話のディスプレイに送信完了のメッセージが表示されたのを確認し、
鞄に収めようとしたとき、着信を知らせるバイブがした。
藤川からの着信だった。
志保はドキリとしたが、深呼吸して、電話に出た。
「もしもし、志保ちゃん?」
「あ、こ、こんばんは。」
「こんばんは。メールありがとう。うれしいよ。」
「あ、ご都合、いかがですか。」
尻すぼみになる志保。
「もちろん、志保ちゃんとの時間ならいつでも大丈夫だよ。」
「僕は今すぐにでも会いたいよ。」
志保は胸が痛み、上手く息を吸うことができなかった。
「あ、あの、でしたら、今日、何時でも構いません。お時間、いただけませんか?」
「え・・・?あ・・・うん。わかった。志保ちゃんは今、どこにいるの?」
「あ、あの、東銀座駅の近くです。」
「会社出たとこ?」
「・・・はい。」
「わかった、じゃあ、悪いんだけど、歌舞伎座の交差点の喫茶店で待っててくれる?」
「今、渋谷にいるんだけど、この時間だと30分以上かかりそうだから。」
「はい。あ、でも、やっぱり今日でなくても、・・・あの・・・。」
「できるだけ早く行く。」
「あ、あの、・・・お気をつけて。」
「うん。待ってて。」

レギュラーサイズのブレンドコーヒーを注文し、喫煙席に座る。
携帯電話の電波が入ることを確認し、コートを脱ぎ、一息ついた。

なんてことしちゃったんだろう。
仕事中だったかも知れない。
週末でも、よかったのに。
藤川さん、仕事だったんじゃないかな・・・。
私、なんて自分勝手なんだろう。

志保は自分の行動を後悔した。
藤川に何と言うか、考えなければならないはずなのに、
何もできなかった。


藤川は30分も経たないうちに、到着した。
後悔からくる志保の落ち込みはさらに深まる。
「志保ちゃん、お待たせ。」
「あ、あの、すいません。突然お呼びたてしてしまって。」
「ううん。うれしかったよ。」
藤川の放つ柔らかな声が、志保に甘く届く。
志保にはその甘さが、一層つらい。
志保は俯く。
そんな志保を見て、藤川は店内を見回す。
平日とはいえ、19時代。
お酒を提供する店内は居酒屋並みに騒がしい。 「志保ちゃん、場所、変える?」
藤川の提案に志保は首を横に振る。
「じゃあ、ちょっと待ってて。僕も何か飲み物を注文してくるよ。」
「はい。」

志保は向かいの椅子に置かれた藤川の鞄とコートに目が行った。
濡れている。
雨が降っているのか。
そう思って初めて窓の外に目をやると、色とりどりの傘をさして人が行きかっていた。
来客で店のドアが開けば、ザーッという雨音も響く。

志保は自分がそこまで気が付かなかったことに驚いた。
窓を見ていると藤川が湯気の立ったカップを載せたトレーを持って戻ってきた。

「ついさっき降り出したんだ」
そう言って席に着く藤川を見るとやはり髪が濡れている。
「はい、こっち飲んで。」
藤川が持ってきたトレーにはカップが2つ載っていて
ひとつを志保の前にある冷めたものと取り換えた。
「あ、すいません。・・・ありがとうございます。」
「気にしないで、そのくらい。」
藤川がたばこに火をつけ、深く美味しそうに吸った。
その姿は綺麗で、映画のワンシーンの様で、彼がそこに実在しないのではないかとも思えた。









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